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2013年9月28日土曜日

過ごしやすい季節になりました

秋ですね.
子どもの頃から季節の中では秋が一番好きでした.
それは太っていたこともあって, 涼しい秋が一番だと感じていたような気がします.

今はそれに加えて, 紅葉が楽しめる年齢(?)になったような気がしています.
ただ, 去年はそれで寂しさも感じ, いろいろどうでも良くなり始めたのが10月中旬から後半.
(9月末にはちょっと精神的にきて, 病院に行ったのもありましたね.)

今年はそんなことのないように, しっかり目の前のことを見て頑張っていきたい.

さてさて, 9月の感想です.
初旬に胃腸風邪を引いたり, 下旬には移動の疲れもたたって昨日まで頭が痛くて倒れていました.
身体が弱くなったのかな...?
あとは, 珍しく9月に帰省していました.(岡山での交流会と, 愛媛の学会の合間に)

それ以外は就職活動をちょこちょこやっていたぐらいです.

まずは, 9月に参加したものについて書いておきます.

第9回教育改善学生交流フォーラムi*See 2013 (9月15, 16日)(参照:岡山大学教育開発センター)
大学生が主体的に学ぶためにはどうすればよいのか, という主題に対してティーチング, ラーニングチップスを考えようというフォーラムでした.
このチップスと言うのが私は初耳だったことと, 私自身は『主体性は中学・高校から養われて大学生でいきなり変わるのなんて無理じゃないか...』という考えがあったので参加してきました.
(チップスについては, 名古屋大学のティップス先生というのが初めてだそうです.)

参加するときは, 私に年齢が近い方々が多いのかなと思っていたのですが(学部3年~M2ぐらいかと), 実際に行くと学部1, 2年生が大半でした.

運営のほとんども学部1, 2年生がやっていたのですが, いい加減な部分もなく進んで良かったと思いました.
しかし, 欲を言えば最後にまとめの発表があったのですが, ほとんどチップスの発表で終わり, 事後報告まとめにもチップスを羅列しただけで終わるのは如何なものかと思いました.
そのチップスが生まれた経緯と, そのチップスによってどのような方向に向けたいのかが一部しか取り上げられずに終わるのでは, それを大学に持ち帰って実践すると言うのは難しい気がします.

また, 運営もスムーズに学部生が出来ているので, 意見交換も本当は学生だけでいいのではないかと思いました.
もちろん, 教員側や職員側からの意見も欲しいとは思いますが, 今回感じたのは, お偉い先生が何人か居て, その人たちの意見が絶対になりつつあると感じました.
交流と言うよりは, その人の中では答えが決まっていると言う雰囲気を感じて, 少し残念に思えました.

来年以降もタイミングが合えば参加してみたいですが, その際には少しその辺を調整できないかと思います.(今回は初参加だったので, 懇親会でもあまりその先生方の意見を聞きにいけなかったので...)

日本数学会 2013粘土秋季分科会 (9月24日)
これは代数学分科会と, 教育シンポジウムに参加をしてきました.
教育シンポジウムでは, 教養教育としての数学の魅力を感じました.
これは高校にも応用出来るでしょう.
ただ, 内容が少し難しいのもあるので, その辺をどう変えるのか.
あと, 実践している大学の代表2つがICUと大阪府立大学であったので, やはりそれなりのレベルが無ければ難しいのかなと思います.(教室の勉強への意識の差など.)

第40回 名古屋大学数学教育セミナー (9月28日)
前半 "江戸の数学塾に学ぶ数学教育" 小川束先生.
後半 "江戸の数学文化を現代に活用した教育実践" 牧下英世先生.
今回は, 数学史, 特に和算に着目したセミナーでした.
前半の話題をまずは箇条書きにしてみます.

  • ヨーロッパでも, どこでも数学史は"高度な"数学に話が限られていく(注目される.). もう少し違う方面で考えてみる.
  • 例えば, 江戸時代には数学を趣味とした人たちが塾に入門したりした.
  • それぞれ流派があり, 今回は"至誠賛化流"という古川氏清先生が創ったものに着目.
  • "淇澳集(きおうしゅう)"(東北大学のホームページ上で見られるらしい?)という問題集を作ったことで知られる.
  • これには算額の作法も書かれていた.
  • 例えば, "問題の作成も解答も他人の力を借りてはならない."
  • 個人, または全体へ問いかけるのか. また, その解答を待つのには一ヶ月から二ヶ月が適当など.
  • 解法の方法で与える点数を変えること. (これは免許のランクに関係する.)
  • 免許のランクは, 初伝, 一伝, ..., 四伝とあるが, 四伝は非常に高級だったため, 大体は三伝までの人たちで楽しんでいたそうだ.
  • 所謂初等幾何の問題が多いが, 特殊なものが多くある.
  • そのため, 当時のベストセラーである"精要算法"を土台としないと解くのは難しい.
  • お互いに指摘しあっている. 問題の設定に誤りがある場合もあったりした.
  • 一般には, 分からない問題は先生について習うか, 解説本を読むしかなかった.(今回のこの問題集には問題が約2600個ほどあるが, 解説本は無い.)
  • 現代の子ども(生徒, 学生)が分からない, 躓く箇所は, 大体歴史的にも難しいものであった.


次に後半のものを箇条書きにします.(牧下先生は, 過去に筑駒で教員をされていたそうで, そのときの体験談として話してくださいました.)

  • 総合的な学習が導入された.(平成12年ころ)
  • そこで"数学を発見する" ということを"地域研究(修学旅行や遠足のこと)"としてまとめてきた.
  • 和算の館で写真が見られる. 実際に行ってみる.
  • その算額で, 術文が正しいのかを確かめる. また問題作りを体験してみる. (課題学習)
  • 問題作りをしたときは, 是非生徒全員に公開し, お互いに切磋琢磨できる環境を作る.
  • 江戸時代の数学の公式集であった"算法助術"が近々解説付き(?)で発売される.
  • この公式集にあったもの(術文)が正しいかを確かめることも良い.
  • その際に昔の数学の言葉を学ぶことが必要だろう.
  • 例えば, "三角"は正三角形の意味で, "三斜"のことが一般の三角形であったり, "商"はルートのことだったりと色々特殊.
  • 円周率の近似に\( \frac{a}{b} < \frac{c}{d} ならば \frac{a}{b} < \frac{a+c}{b+d} < \frac{c}{d} \)の事実を使う. これはペル方程式, 連分数と関係していて, \( \frac{22}{7} \)も出てくる.
  • この事実を使っている問題もあり, 非常に興味深く, 初等幾何に限られた話題ではないことに注意.
  • 西洋と東洋の違いを数学史からも感じられる. 例えば, 円周率の近似をするのにアルキメデスは\( 3 \times 2^n \)角形を用いたが, 松村茂清は\( 2^n\)角形を用いたとか.
  • "和算を普及する会"というものもあるそうだ.


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では, 9月の反省です.

教員採用に向けた勉強と活動:
書類選考の通り具合は, 最近少し上がって半分ぐらいは通るようになった気がします.
やはり時期によって, 求める人材が異なるのかなとも思います.

面接などを幾つか受けてきました.
そのときに感じたのは, やはりある程度の学歴社会なんだろうなと言うこと.
その面接会場で, 私以外は東京理科大学というのがありました.

帰りが一緒になったので, いろいろと情報交換をしてきました.
その人が他の試験を受けた時も, ほとんど同じ大学(理科大)の人だったとも聞きました.

有名私立と言いますか, ある程度名と伝統のあるところは書類も多く来るでしょうし, 仕方のないことだと思います.

さてさて, 問題の筆記試験なのですが, 複素数の軌跡なんかが出てきて結構危ういです.
その一方, 楕円の方程式や行列なんか出されたりと, よく範囲が分かりませんね.

対策しても無駄だとは言いませんが, たくさん問題演習するよりも苦手な部分を減らす方向がいいですね. (私学適性の時と同じ.)
[これは大体筆記で, 穴埋めではないので論理を正しく書いておけばそれほど大きな失敗にならないと感じるので]

数学について:
計算が進みません. と言うよりも, 参考にする元の論文の場合分けについていけていません.
早く読み終われば, 後は真似するだけの計算なので, 終わらせたいのですが...
なにせ就職活動の準備(履歴書や小論文, あとは模擬授業の準備...)が大変...
10月には, この簡単な計算問題は終わらせて, 次の本質的に意味がありそうな問題にチャレンジしたいのですが...
どうなることやら...
そしてまだ中間報告書を書き始めていないので, マズいです.

ダイエットについて:
帰省した際に, 近くの大学まで自転車で20分かけて行ったりして運動を全くしない日はほとんど無かった気がします.(体調を崩して寝ていた日以外)

かなり順調に体重も減っていて, 久しぶりの84kg台を見ました.
ウォーキング用に買ったウェスト・ショルダーバッグのおかげかもしれません.(笑)

さて, いつもの統計データです. (9月28日12:00頃)


8月比較(counts, ranking): push-ups(843, 290up), sit-ups(834, 399up), squats(719, 80up)

あまりサボらなかったですね. この調子で, ひと月900台-1000台に行きたい.

生活習慣(総括):
9月は体調不良もあって, なんだかいっぱいやることあったのに出来なかった.
友達にあったり, 実家に帰省したりと, 結構休息も楽しめたので, 10月はその分頑張っていきたい.
11月までには就職も数学もある程度落ち着くといいなあ...

2013年7月31日水曜日

暑いですね

なんという平凡なタイトルでしょう...

いや, 今月をどうまとめて良いものか分からなかったのもありますが
先月同様, 7月の三周目ぐらいまでは大変気が滅入っていました.

ちょうど先週辺りに, 研究集会で京都に行くことがあったので, それで幾らか疲れはしましたが, 気持ちは楽になりました.

さてさて, また書きだすと嫌な気持ちも帰ってきますが, そのためのblogでもあるので書き起こしましょう.

今月は, セミナーに2つ, 研究集会に1つ参加してきました.

第39回 名古屋大学数学教育セミナー (7月6日)
非ユークリッド幾何学の導入の話と, 数学史の和算を用いた課題学習の話でした.
(いろいろまとめたものを大学に置き忘れたので, 後日修正して書いておきます.)
(8月10日13時頃追記)
非ユークリッド幾何学というものを高校の課題学習で扱う方面からの話.
ただ難しいなと感じたことは公準という概念と言いますか, これがどの程度の高校生ならわかるのだろうということですね.
(それを無視しての三角形の内角の和が180°より小さい世界として話すのもなかなか難しそうではあります.)
ただこの問題を解決(または考えないと)すれば, 非常に面白い話ができた上で生徒にも考えさせることができると思いました.
また数学というものが与えられたものだけを解くものではなく, 自分たちの考えたものを正当化さえすれば広く考えられるかもしれない, つまり数学がとても自由なものだと触れられるいい機会, 問題のように思います.

数学史の教育的意義, 数学活用で扱う導入材として数学史を, さらにその例として和算が取り上げられました.
教育意義としては, 数学展開に活用し, 授業で使える新しい問題を発見, さらに数学への関心や親近感が期待できるのではないかと仰っておられました.
私はあまり和算のことを詳しく知らず幾何学ばかりかと思っていました.
が, そんなことはなくて, 平方完成を図を用いる, 直感させるものがあったり, 数列の問題があったりと種類も豊富, 多彩で面白かった.
近いうちに講演された上垣先生の本(和算を中学高校で扱うための教材資料のようなもの)が発売されるそうなので, 是非チェックしたいと思う.

大談話会 4つ以上の手を持つジャンケンと結託 (7月17日)
広くじゃんけんという話と, それから考えられる事実と応用の話でした.
(これもいろいろまとめたものを... (苦笑))
(8月26日20時頃追記)
まず結託の意味ですが, 例えば3人で行うときに2人が手を組んで戦うことを指します.
じゃんけんの手の種類が日本でよく知られているものは3種類ですが,
ヨーロッパには4種類, マレーシアには5種類の手の出し方があったりするそうです.
ここで, じゃんけんとは向きのあるグラフ(有効辺があるグラフ: トーナメント)を考えることでより一般化して考えていくことができる.
このトーナメントを考えることで, 例えば4種類の手の出し方だと意味のない(もっとも弱い)手が存在することが分かる. (これを被支配手)
ゲーム理論でいう, 利得行列と目的関数が出てくる(らしい).
これらを扱うとHadamardトーナメントと言うものが興味の対象となるらしい.

さて, 今回はこれがじゃんけん(導入)だったが, つまりこれは勝ち負け, あいこがある状況のものだったら応用できて, 例えば粒子がぶつかり合う現象への応用ができるそうだ.
粒子がぶつかって, その後どちらかに吸収される現象を考えると, 例えば2体がそれぞれ100個あれば, 時間経過とともに, 0から200の間を振動する. (つまり振幅が定数となる現象となる.)
これが3体, もっと増やしたらどうなるかなど面白い話が聞けた.

情報科の先生らしいが, とても導入が分かりやすく, そして応用までの話がとてもキレイだった.


研究集会については, 詳細は書きません.

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7月の反省.

教員採用に向けた勉強と活動:
ある面接を受けた時に, (ある一定水準のか, 一部か...?)私立中・高は学歴がとても重要なんだなと感じました. 特に(当たり前かも知れませんが.)出身中学・高校が他の職種(知りませんが...)に比べると重要視されているように思えます.
でも, よく考えたら私は私立中高の状況をよく知らないのだから, 私立中高出身者の方が取りやすいのは, 確かにそうなのかもなと思えたりもします.
そう考えると, あまりにも書類が落ちすぎていたのもちょっとは納得出来ました.
しかし, それはもうどう挽回することも出来無いので, 絶望を味わっていました.
とりあえず, 今受けてるのは個別に募集をかけている, ある程度有名なところや, 歴史が古かったり, 附属が多いので, 私学適性検査を目標に今は頑張るしか無いですね.
ということで, 8月から真面目に教職教養頑張りたいと思います.

数学について:
とりあえず, 計算してみようと思えるところまではきました.
ただその前に知識をつけておきたいところがあるので, それをどうにかしたいところです.
就職活動との両立がなかなか難しいな(日程と心身)と最近思います.
とりあえず, 8月は少しおやすみしつつ, でもそんなときこそ先行研究を洗っておきたいですね.
(行間を埋めようとし出すと時間が足りなくなりますが...)

あとは, レポート問題と, 修士論文の中間報告となるものも書かねば...ですが.

ダイエット:
7月はそこそこ頑張りました.
体重計がそろそろ針が定位置に戻ってこないぐらいになってきたので, Tanitaのそこそこのやつを買いました.
買ったついでに, DietclubHealth Planetを始めました.

いつもの統計データをまとめておきます.(7月31日 12:00 ごろ)

6月比較(counts, ranking): push-ups(+903, 511 up), sit-ups(+804, 458 up), squats(+504, 37 down)

少し忙しさを言い訳にしてできてなかったのですが, それでもスクワットが少なすぎますかね...
うーん, 8月はもうちょっと均等にやっていかないといけませんね.

生活習慣(総括):
なんだかんだ忙しかった. いや, まあ見越してたのだけど, ううむ...
8月は大切な試験に向けて, 本気でやらないといけませんね.
とりあえず10日以降は数学は一旦置いておくぐらいの気持ちで取り掛からないといけないかな.
2週間で試験対策してると思えばできるんじゃないかと思えてくるのがいけないかも知れませんが.
それぐらい数学も大切にしたいですね. やっぱり, 楽しいですから.

 (ムクゲ. 7月6日, 山崎川)
 (オオヤエクチナシ. 7月6日, 鶴舞公園)
 (キョウチクトウ. 7月14日)
 (ナツズイセン. 7月14日, 鶴舞公園)
 (カサブランカ. 7月14日, 鶴舞公園)
 (ハマボウ. 7月14日, 鶴舞公園)
 (ハス. 7月14日, 鶴舞公園)
 (サルスベリ. 7月19日, 山崎川)
 (サルスベリとアベリア. 7月25日, 鴨川)
 (サルスベリと鴨川. 7月25日)
 (キョウチクトウ. 7月25日, 鴨川)
(アカツメクサ. 7月25日, 鴨川)

2013年5月29日水曜日

活動開始なのかな?

今月は今後に関わることで大きく動き出した月ですかね…?

その分, あまり散歩も行けずで先月の1/5ぐらい(20km)しか歩いていない気がします.

そしてお久しぶりの数学教育セミナーにも参加してきたので, そのセミナーについて少しまとめてから, 詳しく先月と比較しながら反省して行きたいと思います.

第38回 数学教育セミナー (5月11日)
今回は, 『不完全性定理について聞かれたら』と, 毎月恒例となりつつある高校の教材として統計データをいろいろ参照してみようという2講演がありました.

前半の講演について, 箇条書きでまとめてから感想を少し書くことにします.

  • 『不完全性定理』が学校教育における課題・研究授業の題材となったときの対処法
  • 名前は「不完全性」とあるが非常に正当化された数学である
  • 数学基礎論とは昔の言葉で, 今は数理論理学と言うべきであろう
  • 数学と哲学の国境で起こった問題を騒ぎすぎた
  • 数学の危機というのは言い過ぎ. 集合論の危機か.
  • 哲学者が迫ってきたときに, 逃れるためのweb階層
  • 第一不完全性:数学的に示される
  • 第二不完全性:哲学的なものが混ざりこむ
  • 『数学的仕組み』と『歴史的意義』どちらか一方を知っても, もう一方を知ることは出来ない
(資料は, そのうち講演者であった林普先生のページにあがるという話だったが... まだ見当たらない?)

私は不完全性定理は言葉しか知らなかったわけですが. カントールや, その周辺が集合論, 選択公理などを問題にした, この時代にいろいろとあったことは知っていました.
今回, 最初のほうで先生が「『数学』と『哲学』をしっかり別けて考えるべき」というようなことを仰ったのですが, まさにその通りだと感じ.
さらに, 質問をしてくる相手側がそのどちら(数学なのか, 哲学なのか, はたまた歴史なのか.)を知りたがっているのかを確認してから, 対処・説明すべきだということは身にしみました.

お互いが何かを討論や議論するときの, スタート地点をハッキリさせようと言うことだと思うのですが, こういうアタリマエのことが出来ていないこともあれば, 出来ていると思っていても, 実は異なる2つ以上の物が混在していたということに気づくことは何度かありますね.

数学的仕組みは, 少しだけ説明されていましたが, なんとなく数理論理学(数学基礎論)を考える意義・意味を感じたような気がします.

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さて, いろいろと5月の反省を書いていきます.

勉強

教員採用試験に向けての勉強:
全く5月はしていません. マズいです. 数学しながら, 就職の資料を眺めていたら, 就職はどうにかなるんじゃないかとか思って, 全くやらず...
一応, 全く関係のないわけではない本は息抜きに読んでいたりします.
学力崩壊についてや, 夢を持つことについてとか... そういう試験に直接的に関係しないものばかり...
まあ, 6月からはやります... はい...
幾つか説明会にも参加し, 面接もしたりなんやり.
合う, 合わないって結構あるんだなあと思ったりなんやり.

数学について:
方面は固まりました.
簡単に書きますと, Dirichletの約数問題とは,
約数関数\( d(n):=\displaystyle\sum_{m_1 m_2=n} 1 \)の
summatory function:\( D(x) := \displaystyle\sum_{n \leq x} d(n) \) の挙動に関する問題:
\( D(x) = x \log x + (2 \gamma - 1) x + \Delta(x) \) , 誤差項:\( \Delta(x) \)のオーダー評価に関する未解決問題です.
広く予想としては \( \Delta(x) = O(x^{\frac{1}{4}+ \varepsilon}) \) であり, これはRiemann-zeta関数のcritical line上の平均値定理における誤差項:\( E(T) = O(T^{\frac{1}{4}+\varepsilon}) \) (これもオーダー評価は予想)と深く関係があります.
実は, この\( \Delta(x) \)と\( E(T) \) は, どちらか一方のオーダー評価を知ることが出来ると, (同じオーダーではないが) もう一方のオーダー評価を知ることが可能です.( これはJutilaが導入した, \( \Delta^*(x) , E^*(T) \)による)
古くはこの\( \Delta(x) \)の良い評価を知るために, Perronの公式や, 指数和などを使っていました.

一方, 約数問題 (A) \( \Delta (x) \ll_{\varepsilon} x^{\frac{1}{4}+\varepsilon} \) と同値な命題:(B) \( \displaystyle\int_0^X \left| \Delta (x) \right|^A dx \ll_{A, \varepsilon} X^{1+\frac{A}{4} + \varepsilon} \) for all \(A \geq 1\).
(これは, \( \Delta(x) を E(T)\) に取り替えても同じ.)
が知られていました. なので, (A)を直接考えるのではなく, (B)について色々調べようという試みがありました.
これについて, \( \Delta(x) にも E(T) \)にも利用できる評価の工夫を上手く考え導入したものの1つに, Ivic先生が1983の論文で導入しました.
これは, 区間\( [1,X] \)に対する評価を(普通じゃ考えられないのでは...と思うほどの)かなり上手くして取ることで(B)を満たす\( A\)の区間を広げました.
これについて, もう少しいろいろ考えられないかな... と思って勉強しています.(このあとに改良したのは, Heath-Brownですが, そこでは超関数論(?)なんかを使う難しい話になってしまいます. もっと簡単に出来ないか, または一般約数関数\(d_k(n) \)に対する誤差項:\( \Delta_k(x) \)でだったら, ある意味の一般化が出来ないかなども視野に入れつつ先行研究の結果を詳しく幾つか読もうとしています.

ダイエット:
5月は全く走らなかった.
その代わり(?), 真面目に忙しかったので, ご飯とカロリーが上手く咬み合ってか, 体重は少し減少傾向.

今日(5月29日の11時における結果を載せておきます.)


4月比較(counts, ranking): push-ups(+879, 562 up), sit-ups(+1012, 223 down), squats(+1074, 37 up)

ちなみに, 今年も健康診断で, 再検査を受けて来ました.
昨年の結果と合わせて, 載せておきます.(メモ感覚で.)
2012年5月の健康診断結果
2013年5月の健康診断結果

生活習慣(総括):
この調子で続けて行くなか, ちゃんと就職活動もしていくこと.
まあ, どうにかなるさ. どうにもならなかったらその時はその時でちゃんと考えてあるから心配せずに, でもやることはちゃんとやろうね!ってことで.

少し甘えも入っていますが, 頑張ります.

ではまた.

2012年12月27日木曜日

2012年11月、12月に参加した数学教育関係の講座、セミナーなどについて簡単にまとめておきます。

第36回 名古屋大学数学教育セミナー (参考:こちら)
前半 大平徹先生『バランス制御から集団追跡と逃避』
後半 青山和裕先生『高等学校数学科での統計指導について』

前半について

  • 指一本で指し棒のバランスを取る.このときに,片方の手では何かを振ってもらうとバランスが取りやすい.
  • 確率共鳴:ノイズを適度に加えることで,聞こえなかった情報を見えるようにする.
  • このノイズの強さをチューニングする.
  • 視力;目を瞑って,立っているだけでも1分経てばフラフラしだす.
  • これは身体の重心を見れば分かる.
  • 身体にテキトウな振動を与えると重心が良い方向に.
後半について

  • 教育現場(高等学校)からの疑問と不安の声
  • これを高校の数学でやる必要はあるのか.
  • 入試ではどのように出るのか.
  • 「ペーパーテストではかれるものか」...ここに数学教育の問題がある
  • 必要なのは使い方であって,問題解決能力を育てることにある.
  • 受験向け過ぎない授業を行う必要.
  • 統計の導入は,日本が一番遅れている.(初めに導入した国とは20年の遅れ)
他に、学校の現場で使える教材を幾つか紹介してもらいました。
(あと、統計の嘘について簡単に話しておられました)
教材の紹介;
Bowland Japan,まなぼう統計,統計活用授業のための教材サイト,センサス@スクール


数学教育学会『数学教育の緊急的課題に対する総合的研究会』(参考:こちら)
明治大学リバティータワーに行って来ました。
(会場案内がいい加減だったのがちょっと不満…。図書館の守衛さんありがとう)

  • 寛容な数学的精神(純粋数学にこだわり過ぎない)
  • 統計を利用して,数学の便利さを伝えよう.
  • 医療も医者も統計的なものを磨いている.(過去の患者などを参考にする)
  • 統計と数学の違いは,物理と数学の違いに似ているのかも知れない(現れる現象から帰納的に定義されるのか,演繹的に定義するのか.)
  • ゆとり教育がダメだったとは,マスコミの言葉である.(日本数学会や,教育委員会ではそのような見解は無い)
  • 数学者でも統計的なミスを犯す.(「今の若者(の全体)は数学が出来ない」→実際は,批判している人たちの多くが数学が出来た人の集合であるので比較参考にできない.)
  • 部分積分,置換積分は容量的にもハードではないか.昔は高校には無かった.(八木先生)
  • 昔の生物には単元としてDNAは無かった.生物科の先生方は勉強をしたのだ.ならば数学科も統計を勉強すべきだ.
  • 数学の二面性:数学的思考と手段.
  • 実は統計の授業を情報の授業で学んでいることもある.
  • たくさん時間のある高校,例えば付属高校で進学先がほぼ決まっている高校においては,理想的な数学教育は出来るが...
  • 入試制度の問題はいつも取り巻く.
  • 意見を述べさせる教育.(イギリス,フィンランド)
  • データに対して適切なグラフの種類を選ぶことが出来ない.(実用的ではない現状の数学教育の表れ)
  • 統計教育の一応の基準も存在している.(海外);こちら
長岡先生や、八木先生、藤田先生を(遠くから)見ることが出来て、感動...!!

お偉いさんは何を考えているか分からない、自分たちがお金を稼げればいいと思っている、などとよくやり玉にあげられたりしますが。
ここ最近、色んな数学教育を考える集まりにいらっしゃる先生方は、皆さん、真面目に教育を考えており、理想を追求しようとしているのを感じます。
それは、多分生活的、精神的に余裕がある方々だからなのかも知れませんね。

まだ私が会ったことのないのは、文部科学省の人たちぐらいでしょうかね。

現場は大変かも知れませんが、日本の未来を考えるためにも頑張ってもらいたい。
もちろん、私もその現場に飛び込む気があるので、無責任な応援のつもりはありません。

2012年10月20日土曜日

数学活用、心理学について

2件ほどセミナーと講習会に参加してきたことをメモ書きしておきます。

まず簡単に…数学活用と、心理学に対する考えを述べておきます。

・数学活用とは、今年から高校数学の新課程として新しく入った内容です。
今まであった数学基礎をさらに生活の上で数学(の考え方)がどのように役に立っているか、そしてちょっぴり数学史の要素も入ったと言う感じです。

・心理学に対する、私自身の意識付け。
大切な学問で、何かを考えるためのちょっとしたキッカケを作るだけであって、心理学によってすべての状況(欝、いじめ、差別など)が改善されるわけではないと思っています。
ただ、自分の中に「こういうことも考えられるのではないか」と言う基準と、冒してはならない「タブーの領域」を見極めるために必要と考えています。

それでは、以下に参加したセミナーと講習会の紹介と、簡単に内容を振り返っておきたいと思います。

第35回 名古屋大学数学教育セミナー (参考:こちら)
・数学における相対性と相補性(大沢健夫先生)
・『数学活用』という教科書(根上生也先生)

今回は、数学活用の方だけ少し書くことにします。

根上先生は、実は友人の指導教官と言うことで一方的に知っていて、またFacebookで発言を公開していらっしゃるので、購読もしていたので、講演の始まりから最後まで、大体イメージしていた通り…と言った先生でした。
巧みな話術でとても引き込まれる講演で、さすがテレビに出たこともある人だな~と感じたりもしました。
「なるほどなるほど」と思うこともあり、教員が反省し変えていくべきことと、マスコミや、学生や生徒の両親がもっと教育に関わってくるような社会になることを願います。
(特にマスコミに対する上手い扱いをしている根上先生みたいな方が増えるのであれば、大賛成です。マスコミに踊らされ、ピエロのように扱われるような某先生方は…と、)

数学活用の内容についてですが、かなりよく考えられているみたいです。
進学校以外でも「問題を解く」ことが数学では重要になっていますが、それに警鐘を鳴らし、「解くために何を考えるのか」と言う数学が社会でどのように「役に立っているか」を強調するような教科書にしたかったのだと。
文系だからと言って、数学が必要ではないのかと言えばそうではないとも言っていたかと思います。

この「数学」と言うものの本質の考えは、前にも名古屋大学数学教育セミナーにおいて、浪川先生が仰ったことにもありますし、私自身も、そして私の周りの人にもそう考えている人が多く居ましたが…。
もちろん、そう考えていない先生が居て、さらにその先生が歳を取っていれば、さらに問題になります…。

根上先生も仰っていましたが、私達教員も現場を見て変わって行かなければなりませんと。
大学生の質が悪くなったと、嘆くばかりではなく、それを変えるために何を出来るか考え、数学活用の教科書作成にも携わったということでした。
ここで感じたのは、大学教員は(特に数学関係?)現状の教育をかなり心配している人が多いということです。
数学が蔑ろにされていることもやはり問題なのでしょう…。

私は思うのですが、「数学が出来る」という言葉を無くすか、共通の意識を持つための定義を何か作るべきでしょう…ね(苦笑)

平成24年度 後期 天白区生涯学習センター 講座 
「知らず知らずのうちに偏見や差別をしていませんか?」 (参考:こちら)
第1回 偏見や差別はなぜ生まれてしまうのか? 人を見る心のメカニズム

愛知淑徳大学心理学部の斎藤和志先生による講習会でした。

人間の基本的欲求(特に、対人関係における)は、理解、予測、統制があるそうです。

この理解は、自分のことを理解することと、自分の周りを理解することで、自分を守ることに繋げたいと思っていて、この理解によって、「この人なら~してくれそうだ。」などの予測に基づいた行動(統制)によって、快適な生活環境を作りたいと思うのが、人間の基本的欲求にあるそうだ。

予測は例えて言えば、「この人なら私の意見に賛成してくれそうだ。」「この人ならお金を貸してくれそうだ。」などがそうです。

そして、人間は奥底には、(自分の興味ないことに対してだと思いますが)「あまり頭を使わないようにしたい…見ただけで分かるようにしたい」という思いがある、認知的倹約家であるそうだ。
(自動的な判断をすることで負担を減らす)

この部分に、偏見や差別の背景にある心理的メカニズムがあるそうだ。

また、「人を見かけで判断してはいけない」とよく小学校や中学校では言うが、大人でも知らず知らずにしているし、むしろそれは悪いことではない。

例えば、知らない場所で道を訪ねたり、時間を聞いたり、カメラを預けて写真を撮って貰ったりする行為も、対象を忙しくなさそうな人、親切そうな人(強面、サングラスなどしてないなど)にしている。

これは、「人を見かけで判断していること」である。

さらにもっと言えば、それを利用したものもあり、漫画「ドラえもん」の主人公であるのび太は、優秀そうではないし、ドラえもんは道具を悪用するようなキャラクターには見えないや、水戸黄門の悪役は大体相場がつくなどがある。

似たものに、血液型や生まれた季節によって性格判断をすることがある。
これは、人間が「自動的な判断を行える」という意味で、「やっぱりこの人は~だから」という判断材料として非常に良いカテゴリー分けができるからだそうだ。
血液型も生まれた季節も4つという非常に良い数字だからだそうで、星座になると自分の星座は分かっても、自分の前後の星座すら知らない人が多いのが特徴だそうだ。

(血液型はほぼ関係ないだろうが、季節の場合は、両親の養育態度が関係することがあるので、性格に関係することもあるみたいだ。例えば、第一子で、さらに冬に生まれた子と、第三子の春なら全く違う育て方をするだろうし、それが性格に関わることもあるということだ)

心理学では、その「人を見かけで判断すること」で否定的な態度に対していうことを偏見といい、特に行動的な側面を強調した場合は差別と呼ぶのだそうだ。
また、ステレオタイプは「人を見かけで判断すること」で肯定的とみられる場合をも含むことに対して使うそうです。

最後に、「心のメカニズム」を知ることでブレーキの位置と掛け方を知ろうと、仰ってました。
(これは、イジメ問題の話を名古屋市教育委員会のシンポジウムで聞いた時と同じような…)

また、この講習会で面白そうな、簡単な本を教えて貰ったので、今度読んでその感想を今度書いてみましょう。


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なかなか数学が(?)忙しくて、教育書もあまり読めてませんが、今後もこういう講習会などには参加していきたいですね。
教育書はいずれ時間を取れば読めますが、講習会は一度限りかも知れませんからね。

2012年6月24日日曜日

これからの高校教育と大学の在り方について

久しぶりに、時間が取れたのもあり、教育に関係する考えも溜まっていたので、アウトプットしておこうと思い書いてみます。
題名は、ちょっと大袈裟ですが、書いていきます。

まず、ここ最近で参加した、教育関係のセミナーなどを振り返ります。
(何で、参加した毎に書かなかったのか…完全に忙しさとかで、blogの意義を忘れていた…。)

・振り返り

4月28日 数理ウェーブ (参照:こちら)

名古屋大学で、毎月行われている、数学が好きな人へ向けたセミナーです。
参加者は、下は小学生から、上は80歳ぐらいのお爺さん、お婆さんと幅広い。
多かったのは、中年以降の人だった印象です。

開場する30分ぐらい前に行ったのですが、高校生がすでに集まっており、数学の教科書片手に、色々話をしていました。
話の内容を聞いていると、講演の紹介文にある「数学の用語」を復習していました。
そこから、さらに高校で受けた授業や試験の内容(かな?)を思い返していたりしてました。

たまに、間違ったことを言ってたりしたのですが、遠くから見守ることにしました。
間違いに気づくのも大切ですからね。幸い一人が、「うーん、そうだっけ?ちょっと考えてみよう」と言っていたので、多分正解にたどり着いているでしょう。

意外にも(?)、女子高生も含めた、女性は居ましたね。中には、家族で連れてこられたような人も居ましたが、自分の意志で着ているであろう子の方が多かったようです。

素晴らしいですね。

自分が高校生の時には、こういうものに参加しようとはあまりしなかったですし、そういうものがあることも知りませんでしたね…。
ちょっと話がずれますが、数学オリンピックなどを知ったのは、浪人した時ですし、そういうことを「知る機会」が無かったのは、どうしてだろうと思いますね。
自分に積極性が無かった以外にも、理由がある気がします。地方・田舎は、学力面以外にも差があるというのは、こういうことからも考えられそうではあります。

さて、当日の内容ですが…これは数学マニアの人たちに「こういうものがあるんだよ。」と言うのが目的らしいので、少し内容としては楽しめませんでしたね。
しかし、最後には、急激に大学初等レベルになるので、高校生は果たして分かるのだろうか…と。
(テイラー展開で、多項式近似する話をしていましたが、確か図・グラフが無かった…。後コーシーの積分定理なんかも扱ったような…?)

今後も機会があれば出たいな、高校生諸君がどう変わるかも観察したいなと思っていましたが、後述する「数学教育セミナー」と毎回かぶることになって、この4月の1回しか参加出来ていません。

5月26日 第33回名大数学教育セミナー(参考:こちら)

これも名古屋大学で、ほぼ毎月行われている、主として現役教員・教育者が意見交換・交流をする場のように思います。

参加者は、学部生は多分0?、院生が2名ほど毎回居る気がします。
その他は、現役教員、退職・退官された元教員が多いですね。
ここには、男性しか(多分)居ませんでした。
愛知県近辺以外からも、割りと参加者が居たりするので、そろそろ自分も意見・質問を出しつつ、色々な話を聞いて行かなければと思っています。

内容については、前半は「新学習指導要領に対してどう捉えていくべきか」と言った内容でした。
後半は、「不確定性原理の反証と新しい定式化」と言う物理の小澤先生のお話でした。

正直後半は、全く分からずだったので(研究者とはどんなものなのかを感じる程度で)、前半の内容のみを少し自分なりにまとめてみます。

「市民的教養としての数学教育を目指して」(浪川先生)

主張は、『数学は言語である。』だと私は思います。

以下、浪川先生の仰った内容を要約しています。(私個人の意見は、赤色にして書きます。)

始まりは、「生きる力」の認識の違いにあった。
80年代に最初に起こった、学校における自殺。また、詰め込み教育の問題であった、落ちこぼれ。
その両方を救う考えとして、「生きる力」という、曖昧な表現を使ってしまった。
ゆえに、認識の違いが起こった。

ゆとり教育の始まり。
何年後かに、TIMSS、PISAなどから明らかになる「学力低下」

その中でも数学において一番問題となっているものとして
「読解力や記述式問題に課題」

(読解力も記述、論述力も、両方国語ではないか!国語力の話についてはまた、後で書きます。)

「数式などを含む、広い意味の言語」とすべきだ。

なぜなら、高校進学率95%である現状、準義務教育として見れる。
さらに、高校では国語・英語・数学(一部)が必修科目としてあるのだから、これは「広い意味での言語科目」だとするべきだ。

特に、数学Ⅰにおける教育では、それ(数学が言語であること)を意識させるべき。

生徒が先生に説明するなものではなく、生徒が同じ生徒に対して説明させる環境が理想だ。

以上

大体このような内容でした。
そして、ちょっと私が気になったことは、中高生に対する数学の意識アンケートの結果です。

「数学への生徒の興味」は低い、しかし「今後の数学(を学ぶこと)」に対しては不安を感じ、「数学を好き」だと言う人の割合は低下している。

ということだ。これは、かなり重い問題だ。特に、最後の「数学を好き」だと言う人が少ないと言うのだ。
これは、「数学が嫌いだ」と言う人が多いことと同値ではない。

この現状を見て、「余裕を持った授業計画」が求められるのは当然であるが、それでは学力が一向に伸びない…。(もちろん大学受験の制度を変えなければ、進学校以外の未来が無くなる…)

あっちに転べば、こっちが問題にと、完全に八方塞がりの状態。

これをどうやって解決していくのか…。
現場の先生は、目の前の生徒で手一杯である。
こんなことを考えているのは、学生や、引退した先生が多い。
そして、その学生や、引退した先生が何か言えば、「現場を知らないから(くせに!!)」となるのだから、もうどうしようもない。
双方の理解と、落ち着いた態度で、どうにか変えて行かなければなりませんね…。
(愚痴でした…)

そういう意味では、この「数学教育セミナー」の集まりと言うのは非常に大切だと思う。

中には、このことも含めた、理想と現場でやることのギャップに悩む現役の教員も何人か参加していらっしゃる様子。そういう人達からも色々学びたい。

(ALL関東教育フェスタなどがあることは、そういう意味では素敵だと思うのだが、何か芯のある、実績のある年配の方が居るのと居ないのでは、大きな差があるだろう。
学生だけの集まりと言うのは、時として自己満足で終わってしまうのです…。)

6月22日 第34回名大数学教育セミナー

前半は、「関孝和先生の和算」について。後半は、2月末から話題になった「第1回大学生数学基礎調査について」。
両方共、お茶の水女子大学の真島先生。

後半についてまとめようかと思いましたが、これは真島先生が言うに、近日修正版とまとめたものがあがるそうなので、載っていないことについていくらか書いていきます。
(詳しい内容に興味がある方は、こちら

何故このような調査を行ったかと言うと、日本の(数)学力低下に、世間が注目して欲しかったと言うのが本音だそうです(笑)

そのために、世論を味方に、マスコミを味方につけようとしたと、色々工夫がなされていることを聞いて、大変なんだなあと思いました。
(けど、事実ですよね、マスコミに取り上げられなかったら、誰も何も言わなかったし、そんなことはないと思い込んでいたかもしれない…)

記述力つまり、『筆記試験の必要性』を訴えたい。(その背後にも理由があるらしいのですが、ここでは危ないかも知れないので省略(笑))

記述式の筆記試験を受けていなかった学生は、多くが理解が足りていなく、マーク式のみで受験した学生は典型的なミスに陥りやすい傾向が見られた。

マーク式と言うのは、「反応の速さ」を重視するので、「パターン化」することになってしまう。
現役の教員の方も、これについて話をしていた…。やりたくないけど、「大学受験(の実績)」を見ると、どうしてもそうせざるを得ないと。

センター試験を廃止した方がいいのでは?いや、一つの指標として良い問題だと思う。

という話も出たりした。

そして、退官された三宅先生から「日本の国語の授業は、国語の評価をしていない」と仰られた。

仰るとおりだと私も思い、その皮肉さに笑ってしまった。
三宅先生の真後ろに居たのだから、話しかけるかすれば良かったと今更後悔している。

以上で、この3ヶ月ほどで参加したものを振り返りました。

色々書こうと思っていましたが、たくさんありすぎるので、今回は、今読もう、考えようとしていることと、「国語の授業に対する文句(笑)」を書いて終わりにしようと思います。

・今後考えること

私は地下鉄を利用して大学に通っているのですが、その間することが無いので暇である。
6月前半から、教育関係者のブログ記事やらを引っ張ってきて、それを移動中読んでいたりします。
その内容については、他に知ってもらいたいと思えば、Twitterに投稿し、お気に入りに入れています。(清先生のが大半ですが…)

そして、今後もこれを続けます。

さらに、文科省から発表された「大学改革プラン」。これを是非読みたいと考えています。
コピー自体は、もう済ませてるのですが、如何せん長いので、どっかで一気に読まないとと思っています。

・国語の授業に対する文句 (個人的な意見です。全部が全部悪いとも思っていません。)

「試験で国語の点数が低い」と、親や教師から「本を読め、小説を読め」とよく言われたのは、私だけではないはず。

確かに、本を日常的に読んでいる人たちは、国語の点数が高かったような記憶があります。
けれど、そのよく本を読む子のうちにも2種類のタイプが居ると思います。

(A)一般的な本を読む子

(B)ライトノベルや小説を好む子

そして、私の印象では、(A)の子は国語以外も比較的出来る子が多い。(B)については、それほど分かりませんが、あまりいい印象がありません。

この違いは、「論理力」にあると思っています。

センター試験や、大学入試における国語の試験は、どれぐらい論理的に読めて、それを正確に表せるかだと思います。(私は国語の筆記試験を受けたことは、模試でしか無いので、それほど胸を張れませんが…)

これについて、私の大学受験も含めて、お話したいと思います。

私は、高校3年生まで、自分は国語が苦手で、どうやっても点数なんて取れない、センター試験なんて知りませんよ、という感じでした。
(中学でも良い点数を取ったことはありませんでしたしね…思い込みですね。その度に、親に小説を読めと言われたもんです。)

その結果、高校3年生で受けた、センター試験では80点代でした。(国語は200点満点、現文100点、古文50点、漢文50点)
古文、漢文に至っては、勉強をした記憶が無いので、感で埋めました。それでも現文とドッコイドッコイな点数だったはず…(笑)

こんなにひどい点数を取っても、気にせず私立受験し、浪人することになりました。

そして、浪人したんだし、真面目に勉強してみるかと思いました。(4月までは私立一本と迷ったのですが、3月末から4月中旬にかけて、国語の勉強の仕方・正答とはどういうことかが分かったのです!)

そこから私が思ったことは、『「本を読んだこと」が必ず国語力に直結するとは言えない!』

国語の、特に現文では、「書いてある事から正しいことを導け」と言うのが問題だったのです。
私は、この時までそんな事知りませんでした。

それまでの私は「想像できうることで、最も(自分の感性に)合っていること、または正しいと連想できそうなこと」を選んでいました。(そりゃ当たるわけない)

こうだったらいいのにではないですが、こうあるべきだろうとか思うことはよくありますよね、それを試験に持ち込んでいた。「勝手に想像していた」

これがダメな点です。数学ならそれを確かめる術があるので良いですが、国語は想像に間違いとかはありません、それは主観であり、正しいのですから。
国語では、客観的に読めるかどうかが鍛えられてたわけですね。

そんなこと「知っているのが普通だろ」と思う人も多いかも知れませんが、以外に少ないのでは無いでしょうかね…。
理系の子なら、ちゃんとこれを教えてあげれば、「論理力」から比較的簡単に国語の点数も伸びると思います。

これで、私は浪人してからの夏には、120点をウロウロして、秋から冬にかけて140点近辺、本番では、165点とかだったと思います。

センター試験の国語では、時間が足りないと言うことは、あまり起こらないので(少なくとも数学ⅡBのような)、十分に論理性を試される良い試験だと思います。
(古文・漢文は、ちょっと記憶と反応の速さを求められると思いますが…)

そして、この国語、「直感で解ける」というのを良く聞いたりします。
この直感で解ける人たちが、危ない子たちだと私は思っています。

彼ら/彼女らは、論理力どうこうではなく、「与えられたことからのみ思考できる」状態なのではないかと思うのです。(ちょっと極端ですが…)

つまり、何かを想像したりすることをしない、あらゆることを想定しないで、今あるものを信じる。
何かが異変が起こっても、それが変だと思わない、気づかない。

マンガ脳だとか、言うつもりはありませんが、ライトノベルや(携帯)小説にはそういうものが多い…と感じます。
空想の世界なのだからと言いますが、昔の小説は、ある程度決められている世界観があってその範疇に収まっているように感じます。坊ちゃん、羅生門など、不思議なことはあっても、それが綺麗に収まっているように思えます。

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国語力、論理力をちゃんと鍛えるための授業、定期試験を考えるべきですね。
今の高校・中学では、暗記試験になってしまっています。
和歌を覚えたり、活用を覚えることに意味が無いとまでは言いません。
しかし、その先に何か(活用なら、それを使った品詞分解も見据えるとか、やらせるとか)を置かないと、このままでは、ただの暗記科目であって、理系から煙たがられる科目になるでしょう。

これが三宅先生の仰ったことと私の思ったことの似たところでしょうか。

三宅先生が、私のようなことを思って、そう言ったのかどうかは定かではありません。
次回確かめてきます。

それでは!また、後日近況報告致します!